工芸と和み 信州・長野県の工芸作家を紹介。

陶芸家・北村直子さん

北村直子(きたむらなおこ)

長野市で陶芸教室講師をしながら、創作活動を続けている陶芸家の北村直子さんにお話をお伺いしてきました。
2006年12月に開催された個展の様子もあわせて公開します。
普段使いの陶器をはじめ大作まで、見応えのある個展でした。


1963年 長野県千曲市生まれ
1983年 東京家政学院短大・食物栄養科卒
1989年 スペースインフォメーションカレッジ インテリアコース卒業
1990年 松代陶苑 陶芸教室
1994年 芹田公民館 陶芸教室講師 

今の仕事を選んだきっかけは何ですか?

講師になろうとは全然思ってはいなかったんですけれど、もともと人と関わる事が好きだというのは関係していると思います。
高校の頃はスポーツ少女だったんです。でも美大に行きたいと思っていたんですよ。
遅くまで部活をやってきたのに、家で油絵を描いていたりとかしてて…。
嫌いじゃできないと思うんですよね。部活でぐったり疲れているんですけど、絵を描くということを続けていたんですね。
先生に美大に行きたいというのを相談したら「スポーツもやめて、生徒会活動もやめて準備しないと無理だよ」と言われたんです。
それであっさりとあきらめて、違う普通の大学(東京家政学院短大)に行くことにしました。
大学卒業後、長野に帰ってきて普通に仕事をしていました。

陶芸との出会いはその頃ですか?

ここから陶芸とは少し絡んでくるんですけど、インテリアコーディネーターの勉強をするために専門学校に行ったんです。
人間工学とかいろいろ幅広く、図面も引いたりとかいろいろ学びました。
ちょうどその頃、叔母が趣味で作っていた陶器をよく見ていたんですけど、普通の人がこういうのを作れちゃうんだ、という風に思っていました。
それで陶芸をやりたい、という思いに駆られて作り始めたんですよ。
一番はじめに作ったのは「灯りとり」だったんですけど、次第に「陶器」にハマって「陶器」を作りはじめたんです。
毎日行っても良いようなところで陶芸を学びたくて、探していたら、松代陶苑という陶芸教室に出会ったんです。

陶芸をやりはじめた時はどうでしたか?

私の陶芸は、ほとんどがろくろから始まったんです。
作り始めた頃はろくろの扱いが難しくて、全然うまくいかないんですよね。
はじめから大きなものなんて回せないので、ろくろに慣れようと思って小さなものから作っていたんです。
そしたら、こういうものも作りたい、ああいうものも作りたいって自然とイメージが湧いてくるんですね。
それがお皿や湯呑み、カップだったりとかしたんです。そういう形でどんどん作っていくうちに作るものが自然と普段使いの「陶器」が多くなっていったという感じです。

作風が少しずつ形成されていく様子が分かります。

私が学んだ松代陶苑では、粘土や色、ろくろの作る丸形など、全てが他の人たちと一緒なんですよ。
ろくろを回した時に、自分の中の決まりきった「丸を変えたい」というのを考えていました。
他の人とは違うものを作りたいなと思ったんです。

作る時に、あらかじめ「こう作りたい」というイメージはあるのですか?

たとえば、陶器に物をのせた時のイメージですね。 色だったり形だったり、ある時は「におい」まで頭の中にイメージしながら作る時があるんですね。
でも実際に作品を作っていると、どんどん違う物になっていったり、イメージ通りではないものもあります。
イメージ通りではなくなって、思いもしないような作品を作るのはとても楽しいです。
作為的に作る作品と、頭の中でイメージしていったものを作る作品と、割合は半分半分くらいですね。
実際にできた作品を後になって、「こういうときに使ってもらいたいな」と思う器もあれば、作っている段階で、食器棚にしまわないで常に置いてあるというイメージで作る作品とか、そういうことを常に考えています。だから、作風というよりは自分の「思い」だったり「感覚」だったりするんですよね。
作品展をやる時には必ず自分のテーマを決めるんですよ。
それにともなって、いろんなものを引っ張りだしてきて参考にしたり、本を読んだりとかします。
物を作る作業よりもそこまでの過程が自分の中ではすごく楽しいです。

インスピレーションになるものは何かあるんですか?

小さな時によく本を読んだんですよ。
小学校の作文コンクールとかに毎回入賞するくらい、本を読んだり文を書くのが好きだったんですよ。
小学4年生の時に、全国の作文コンクールに出品するときのことなんですけど、賞をとるということを思い出したら全然書けなくなってしまったんですよ。
作文というよりは、賞のことが頭にすごくあって、絶対自分は入賞したいと思っちゃったんでしょうね。
結局、嘘の作品を書き上げてしまって賞は取れなかったんですよ。
小学校4年生の時って、ほとんど大人の言葉って分からないじゃないですか。だから一生懸命大人の言葉とかを空想したんだと思うんですよ。
それが今の自分にとてもいい影響を与えていてくれていると、今になって思います。
空想したり想像したりすることがすごく好きなんだと思うんですね。
今もそういうことの延長だなって思います。

お子さんを世話しながら、活動をされているわけですが、生活面ではどうですか?

講師の仕事では、教える仕事の他にも素焼きをしたりとか、いろいろ仕事があって時間的に拘束されるんですけど、ある程度は仕事を分散させることができるんですよ。
だから、家族との生活とバランスを見て合わせてできます。
でも、たまに「穴窯」という作業をするときがあるんですけれど、その場合は仲間と一緒に、丸5日間ぐらい陶器を焼き続けるので、時間的にすごく拘束されるんですよ。
だからこの「穴窯」の場合は、生活とは切り離すということをしないと不可能な作業なんですよ。
1日中、山にこもるような状態ですので…。

山にこもって陶器を焼くわけですね。厳しそう…。

逆に言うと、生活にハッキリと結界が引かれるので、メリハリがつきますよね。
家族もそういうときは、生活とは断ち切らせてくれるので、感謝しています。
子供が中学1年生と小学5年生なので、やれている部分はあります。これがもっと小さかったら、今のようなことはできなかったかもしれませんよね。

家族も協力的ですね。

家族って一番難しい人間関係だと思います。
身近にあって、ちょっとした思い違いで、関係がガラガラッて崩れもするし。
でもなんとか繋がっていようという気持ち一つで、意外と繋がっていれるものだな、とも思います。
日々の生活の中に私の作った陶器があるんですけれど、それが自然と家族が私の活動を認めてくれるきっかけになったのかな…。昔はけっこう無機質な家だったんですよ。
でも、私の陶器を置くようになったら、家族も周囲のインテリアとかに気を使うようになったんですよ。例えば陶器の下に敷くマットとかもっと良い物が欲しくなったとか…。
家族にとってとても良い事だと思います。

長野県に対して思う事はありますか?

長野って県庁所在地から30分くらいで、戸隠とかああいった自然に触れることができるじゃないですか。
わざわざ遠くまでいかなくても、気をもらいに行くというか、常にいい気をもらえる場所なんじゃないかなと思っています。

将来の夢はありますか?

何かひとつ行動した結果を「点」に例えるとしたら、私の人生にはいくつかの「点」があると思うんです。
その「点」を結びつけていけば、今よりもっと何かできることがあるかもしれないって思うんですよ。
そこに陶器があったらすごくうれしいし、もっと違う関わりが持てているかもしれないですしね。
陶器が生活を楽しめるひとつのツールとして、頭の中に残るものだということを少しでも多くの人に分かって頂ければうれしいです。

あなたにとっての和みとは?

いかに自分が和むか、どういう風にしたら和めるのか、という風に考えるのが「和み」ですかね。
和まされているという風には思いたくないんですよ。
だから求めないと得られないんだと思います。

ありがとうございました。

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