工芸と和み 信州・長野県の工芸作家を紹介。

木工作家・中川岳二さん

中川岳二
(なかがわたけじ)

寄木(よせぎ)・木象嵌(もくぞうがん)
という技法によって作品を制作。
寄木・木象嵌とは、樹木特有の色や木目を活かし、
その組み合わせによって文様など描く技法です。


1978年 長野県生まれ埼玉県育ち
2000年 丹波の森ウッドクラフト展 奨励賞
2001年 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科木工専攻卒業、テイクジー・トイズとして活動を始める
2004年 全国木のクラフト展 特別賞
2005年 6th S.I.C.F. 審査員特別賞
2006年 テイクジー・ブロック販売開始、ランデヴー プロジェクト展参加、UPLINK マーケット参加

今日はよろしくお願いします。
まずは、木工という仕事を選んだきっかけというか、理由はありますか?

大学で工芸工業デザイン学科という所に入ったんですけど、そこにはプロダクトデザイン・インテリアデザイン・陶芸・木工・金工・染織・プラスティックといったいくつかの分野があって、この中から木工を選んだんです。
「木の削っているときの感覚が自分に合っているな」ということを感じたのがきっかけですね。

木に対して興味が湧いたわけですね。 勉強が進んでいく中でどうでしたか?

僕が学校でものづくりを学び始めた頃、ちょうどダイオキシンの問題が社会的に取り上げられた時期だったんです。
人間がモノを燃やすという行為で、どうやってもダイオキシンは出てしまうということで、僕らは生きてく上でそれを避けられないという現実があったんですね。
そんなこともあって学生の時期は、僕にとってものづくりという行為自体がマイナスイメージだったんです。
時代が少し前のバブル期であれば、ものづくりに対して肯定的に勉強できたのかもしれないけど、「僕らはものをつくって良いんだろうか」という段階まできてしまったので、ものをつくるというのが難しく感じられたというのがありました。
食べていく事を考えるとプロダクトやインテリア方面に進む方が就職先があったりとかするんですが、僕は木工という分野を選んで、大量生産であまったり、飽きられたりして捨てられることのなるべくないようなものを作って生きていきたいなと思いました。

なるほど。
確かに環境問題はものをつくる人間にとって考えざるをえない問題ですよね。

もうひとつこの頃のキーワードとして、14歳前後の少年の悲惨な事件や学級崩壊、幼児虐待などの子供をとりまく問題というのがあったんです。
その中で大人になった自分は、子供たちにたいして何ができるかと考えていたんですね。
そこで絵本を作ることにしたんです。
僕にも子供たちに何か伝えられることがある、と思ったんですね。
今思えば、絵も文章も表現する力がないのに、自信だけはあったというか・・・。
それでも精一杯に絵本を作って出版社を回ったんですが、あっさり酷評されたりしてというのが現実でした。
それでくやしいという気持ちよりも、自分の力のなさがよくわかったことの方が大きくて、これは自分を外側から見るいい経験でした。

学生の頃って、僕もそうでしたが、自分は何でもできてしまうような感覚がありますよね。
漠然としているというか。

自分の思ったものを行動してみる事で、消去法のような形で自分のできることと自分なりの考えが残ったんですね。
「ずっと大切にしてもらえるものと、子供のためになるものを作りたい」という。
「環境の問題」と「子供の問題」、この2つの問題への興味が、今の活動に繋がっています。

それでは作風についてお聞かせください。

僕は学生の時、木でオブジェを作るという課題がきっかけで、ロボットをつくりはじめるんです。
木工を専攻すると、家具や小物を作る基本の技術を学んだ後で、実用的な家具や工芸品ではない、彫刻としての美術作品を学生に自由に作らせる課題があります。
学校では、その作品にコンセプトをつけなければいけないのですが、今までマンガとかゲームとかといった中で育ってきた僕が、芸術の大学に来たからって、急にコンセプチュアルな作品をつくるのには違和感があったんです。
とにかく嘘をつきたくなかったので、「自分はこんなんですよ」と素直に表現してみたんですね。
それが今のような寄せ木の立体作品を作ることに繋がったんです。

実際の作品制作の作業はどうでしたか?

ものすごく緻密で精巧につくりたかったんです。
寄せ木や木象嵌という技術的には難しい事をやってみたのですが、かなりの部分実現できたので、自分でもこんなことができるんだといううれしさがありました。
伝統的な技法とキャラクターというアンバランスな感覚が僕としてはよくて、自分の表現ができたな…という達成感はありました。

少しずつ作家としての道を歩み始めている感じがしますね。

そうですね。

ちょっと休憩しますか。

(コーヒーを飲みながら…
…30分ほどお話しをしながら休憩。)

余談かもしれませんが、家庭環境はどんな感じでしたか?

物質的な豊かさが飽和しはじめていた80年代で、テレビもなくて車もないという家庭はあまりなかったと思うんですが、僕の家はそういった環境だったんですね。
父親が変わっていたというか…、自分のやりたい事をやっていたということもあって、僕も視点が変わっていたのかもしれませんね。
今考えるとラッキーな環境ですけど、当時は嫌だったですね(笑)
母親の仕事の関係で、陶芸などをする機会もあって、ものをつくるという環境が近くにあったのは確かです。
あとは彫刻家のおじさんの作品展を見に行ったりとか、美術館にはよく連れていってもらいました。

長野県に対する気持ちを聞かせてください。

父親の実家が中野市にあるんですが、学校を出てすぐに工房にする場所が問題になったので、聞いてみたらたまたま祖母のアパートが空いているという話になりました。
それを貸してもらえるということで来たんです。
はじめはそのぐらいの理由で来たので、言ってしまえばどこでも良かったところはあります。
前々から、家具を作る環境として長野県は良いという話を大学時代の特別講師として来た先生から聞いていたことや、長野に作家さんが沢山いるということなどから、「長野って良い場所なのかな」と思っていました。

実際に住みはじめてどうでしたか?

展覧会や映画の上映など、自分の興味のある事に出会える機会がずいぶん少なくなったと感じました。
周りの人たちから「冬はメチャクチャ雪深くて、寒いところだよ」と聞いていたので、ものすごい住みづらい世界を想像していたんですが、実際住んでみて、たしかにすごかったんだけど、意外に「これくらいならなんとか生きていけるかも」って思いました。
初めは実家の埼玉に帰るのが楽しみだったんですよ。
帰る度に何かしら興味があるものが開催されてたりしていたんで。
でも、いつぐらいからかはっきり覚えていないんですけど、長野から埼玉ではなく埼玉から長野に「帰る」という意識が出てきたんです。
だんだん「長野の方が自分の生活には合っているんだな」と感じるようになりました。
でもね、作品を作っているときは周りのものが見えなくなってそれだけになるので、どこに住んでいるとかあまり関係ないんですよ。

中野市はどうですか?

思うのはこっちの人たちって、中野市であったりとか須坂市という単位で仲間意識があるというか、地域意識があるのが印象的だったんですよ。
ぽんぽこの湯っていう温泉があって、そこで中野市全体を眺められるんですけど、そこから中野市を見ていると「この町に住んでいる」というイメージが湧きやすくて中野の人たちはこの風景を見て、ここを故郷だと思うんだろうなと思ったんです。
埼玉に住んでいる時の自分にはそういうイメージがなかったもので、すごく印象的だったというか…。
僕もその風景を見て中野に帰ってきたというイメージが持てるんだな、と思いました。

目標や将来の夢はありますか?

目標としては、できれば数人の仲間で工房をつくり活動をしたいなと思っています。木のものづくりをしたいけど一人ではなかなかできない人と工房と技術をシェアしながら、みんなで良いものをつくっていけたらな、と思うんです。
もっと大きな夢でいえば、20人くらいの職人が働く、自社製品をつくる工場になれたらいいなと思ってます。営業にまわるのは自分にはかなり負担な部分もあるので、営業が得意な人もいるだろうし、作るのも僕よりもっと早くて得意な人もいるだろうし、そういう人たちとやっていけたら良いな、というのはありますね。
また、この中野という場所で、環境に負荷をなるべくかけないような製品をつくって、地方にあるのに常に製品受注や引き合いがあるのが理想ですね。
子供たちにものづくりってかっこいいんだよっていう提案ができるような会社になれたらいいなと思います。

普段なにか心がけている事はありますか?

どうしても余ってしまう端材があって、そういうのをなるべく整理して保管しておきます。
でも、後の制作に使えるものは実際は少ないんです。
場所もとるし木取りもしにくいので、効率だけを考えれば捨てた方がいいんでしょうけど、なるべく木材を大切に使うという感じです。
作品のどの部分に使えるか考えるのに時間がかかっても、その時間も無駄ではないと思うようにしています。
あと、急ぐとケガをするときがあるのでなるべく落ち着いて作業をするようにしています。

最後に、
「あなたにとっての和み」をお願いします。

和みか〜、和みは何なんだろうね…… (沈黙)

今かな?
もうこの生活自体和んでいるという感じですかね。
もうひとつあった!
ぽんぽこの湯にいくことです。

温泉いいですよね〜

行っちゃいますね。
ほんとに温泉いいですよね〜。

今日はどうもありがとうございました。
とても楽しめました。

今日は作業を見せて頂けるということでしたので、簡単に工程を説明します。
今回は、それぞれ種類の異なる木を貼り合わせる「寄せ木」の一部を紹介します。

(1)
木の表面にボンドを塗ります。
意外にもボンドはプロの世界でもよく使用する道具だそうです。
(2)
クランプという道具でしめつけます。
間からボンドが出てくるくらいにきつくしめます。
(3)
この状態のまま半日から1日乾燥させます。
(4)
すっかり乾いた木を加工していきます。
図面をもとに穴空け作業です。
(5)
少しずつ形になってきました。
あとは、図面をもとに精巧に作り上げていきます。

インタビュー後記

中川さんとお話しするのは、実はこれで3回目でした。
年齢が同じという事もあって、話がしやすくてとても楽しめました。
このインタビューは休憩も含めて3時間くらいに及びましたが、あっという間にすぎてしまった感じがしました。
カメラマンの金井君は取材自体を「和んでた」と言っていて、そういえば僕も和んでいたな〜、とその時気づきました。
文章では伝えできない部分もあるのですが、中川さんの話し方や話し声にとても特長があって、印象的でした。
実際に中川さんとお会いしたら、さらに思いが伝わると思いますので、展示会など足を運んで頂けたらと思います。 テイクジー・トイズのホームページはこちら

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